概要
生物多様性条約でも定義されている通り、生物多様性は単一の層ではなく、
「遺伝子(Genetic)」「種(Species)」「生態系(Ecosystem)」という3つの相互に関連したレベルで構成されています。これらは入れ子構造になっており、どれか一つが欠けても生物多様性は保たれません。
理論的背景
この3階層モデルは、1990年代初頭の
生物多様性条約策定プロセスで国際的なコンセンサスとなりました。それまでは「種」の保全に主眼が置かれがちでしたが、種を守るには生息環境(生態系)が必要であり、種の存続には集団内の変異(遺伝子)が必要であるという認識が一般化しました。
詳細解説
1. 遺伝的多様性 (Genetic Diversity)
同じ種(Species)の中にある遺伝子の違いのことです。個体ごとの色、形、模様、病気への耐性などの違いを生み出します。
- 重要性: 環境変化への適応力(適応進化)の源泉です。遺伝的多様性が低い集団(近親交配が進んだ集団など)は、新しい病気や気候変動で全滅するリスクが高くなります。
- 事例: 栽培植物の野生原種が持つ病害抵抗性遺伝子は、品種改良において極めて重要です。
2. その多様性 (Species Diversity)
一定の地域に生息する生物種の多さと、その分布の均等さを指します。一般的に「
生物多様性」と言うと、このレベルをイメージすることが多いです。
-
種の豊かさ (Species Richness): 単純な種の数。
-
種の均等度 (Species Evenness): 特定の種だけが優占していないか。例えば、10種100個体の森で、1種が91個体・残り9種が各1個体の場合、多様性は低いとみなされます(シャノン指数などで評価)。
3. 生態系の多様性 (Ecosystem Diversity)
森林、草原、湿地、サンゴ礁、河川など、異なる環境タイプ(生息環境)がどれくらい存在するか、そしてそれらがどのように機能しているかを指します。
- 景観(ランドスケープ)レベル: パッチワーク状に異なる環境が隣接していること(エコトーン)が、多くの生物の生息を支えます。例えば、トンボは「幼虫=水域」「成虫=陸域」の両方を必要とするため、水辺と森がセットになった生態系が必要です。
批判的検討
階層間のトレードオフ
ある階層の多様性を守ろうとすると、別の階層と対立することがあります。
- 例: 特定の希少種(種多様性)を守るために、遷移が進んだ森林を伐採して草原にする(生態系の人為的改変)必要がある場合など。
「種」中心主義への偏り
現在の法制度やレッドリストは依然として「種」単位で運用されており、「遺伝的多様性」や「生態系の機能」への配慮が法的に不十分な場合があります。特に遺伝資源の保護は、経済的利益(ABS:遺伝資源へのアクセスと利益配分)と絡み、国際的な政治課題となっています。
IKIMONができること
IKIMONのプラットフォームは、この3つのレベルすべてに関与します。
- 種多様性の可視化: メイン機能。どこにどんな種がいるかをマッピングします。
- 生態系多様性の把握: 投稿データの背景情報(生息環境写真)や位置情報から、その場所がどんな環境(湿地、雑木林など)かを推測・記録する助けになります。
- 遺伝的多様性への示唆: (将来的には)同じ種でも、地域による色や模様の違い(地理的変異)を集積することで、種内の遺伝的変異の分布を調べる研究材料を提供できる可能性があります。
参考文献
- Gaston, K. J., & Spicer, J. I. (2004). Biodiversity: An Introduction. Blackwell Publishing.
- 環境省. 生物多様性国家戦略.