概要
市民参加型モニタリング(Participatory Monitoring)とは、専門家ではない一般市民(ボランティア、地域住民、愛好家など)が、環境や生物の状態を観察・記録し、データを収集するプロセスを指します。
「
市民科学(Citizen Science)」の最も代表的な実践形態の一つであり、広範囲かつ長期間のデータを低コストで収集できる唯一の方法として、
生物多様性保全の現場で急速に重要性を増しています。
理論的背景
「空白」を埋める必要性
科学者だけで調査できる範囲には限界があります(予算、人員、時間の制約)。特に
生物多様性のデータは地域性が強く、季節変化もあるため、数年に一度の専門家調査だけでは不十分です。
この「データの時空間的な空白」を、地域に住む人々の力を借りて埋めようという発想から発展しました。
分類
市民の関与度合いによって以下のように分類されます(Bonney et al., 2009)。
- 貢献型 (Contributory): 専門家が設計し、市民はデータ収集のみを行う(IKIMONは主にこれ)。
- 協働型 (Collaborative): 市民がデータ収集に加え、設計の改善や分析にも一部関わる。
- 共創型 (Co-created): 研究テーマの設定から市民と専門家が対等に行う。
詳細解説
成功の3要素
市民モニタリングが科学的に使えるデータになるためには、以下の3つが必要です。
- 標準化されたプロトコル: 「いつ、どこで、何を、どうやって」記録するかのルールが統一されていること。
- 検証(Validation): 誤同定や捏造を防ぐ仕組み(写真の添付、専門家やAIによるダブルチェック)。
- フィードバック: データを提供した市民に対し、「あなたのデータがこう役立った」という結果を返すこと(モチベーション維持)。
主要なグローバルプラットフォーム
- eBird: コーネル大学野鳥研究所が運営。世界最大の野鳥観察データベース。科学論文への引用数も圧倒的。
- iNaturalist: カリフォルニア科学アカデミー等が運営。全生物対象。画像認識AIの実装で裾野を広げた。
批判的検討
データのバイアス(偏り)
市民は「自宅の近く」「天気の良い週末」「目立つ生き物(綺麗な鳥や蝶)」に偏って調査する傾向があります。
- 空間バイアス: 都市や道路沿いにデータが集中し、山奥のデータが少ない。
- 分類群バイアス: 地味な昆虫や藻類などは記録されにくい。
統計解析の際には、こうしたバイアスを補正する高度なモデリング技術が必要となります。
IKIMONによる貢献
IKIMONは、日本発の質の高い市民モニタリングプラットフォームとして、以下の点で貢献します。
- AI × 専門家のハイブリッド: iNaturalistのようなAI同定に加え、日本の専門家ネットワークによる精密なバリデーションを行うことで、信頼性の高いデータを提供します。
- 楽しみながら継続: ゲーミフィケーションを取り入れることで、飽きられがちなモニタリングを「楽しい習慣」に変え、長期的なデータ収集を可能にします。
- 空白地帯の解消: 「このエリアはまだデータがありません」とマップ上で示し、ユーザーを未調査地域へ誘導することで、データの空間的な偏り(バイアス)を埋める手助けをします。
参考文献
- Bonney, R., et al. (2009). Citizen Science: A Developing Tool for Expanding Science Knowledge and Scientific Literacy. BioScience.
- Pocock, M. J. O., et al. (2017). The Diversity of Citizen Science.