概要
生物多様性クレジット(Biodiversity Credits)とは、生物多様性の「回復」や「保全」によって生じたプラスの効果を定量化し、取引可能な形にしたものです。 カーボンクレジット(t-CO2)の生物多様性版と言えますが、最大の目的はネイチャーポジティブ(自然再興)のための資金ギャップを埋めることにあります。 企業は、自社のバリューチェーンでどうしても回避できない自然への負荷を相殺(オフセット)したり、純粋な社会貢献(Nature Positiveへの寄与)としてクレジットを購入します。主要なメカニズムと先行事例
1. 英国:Biodiversity Net Gain (BNG)
世界で最も進んでいる制度です。2024年から、イングランドでのほぼすべての開発事業に対し、「開発前と比べて生物多様性の価値を少なくとも10%増加させること」が法的に義務化されました。- 仕組み
- インパクト
2. 日本の動向
日本ではまだ義務的な市場(コンプライアンス市場)はありませんが、独自のボランタリーな動きが進んでいます。- J-ブルークレジット
- 自然共生サイト × 支援証明書
- J-クレジット(森林)
詳細解説:カーボンクレジットとの決定的違い
カーボンクレジットと混同されがちですが、生物多様性には「場所性(Locality)」と「非代替性」という決定的な特徴があります。| | カーボンクレジット | 生物多様性クレジット | |---|---|---| | 単位 | 1トン (t-CO2e) | 統一単位なし(面積 × 質 など) | | 場所 | どこで減らしても効果は同じ | 場所が極めて重要 | | 代替性 | 世界中で交換可能 | 交換不可能 (A地の湿地≠B地の森) |
「東京で森を壊したから、ブラジルの森を守るクレジットを買ってチャラにする」ということは、生物多様性の文脈では許されません。その場所固有の生態系が失われるからです。 そのため、生物多様性クレジットは「グローバルな市場」よりも「ローカルな市場(流域や自治体単位)」での流通が基本になります。
批判的検討
測定の難しさ(MRV問題)
CO2のように「重さ」で測れないため、「何をもって回復したと言うか」の指標作りが難航しています。- 単に「面積」で測ると、質の低い植林(単一樹種)が評価されてしまう。
- 専門家による「質の評価」には莫大なコストがかかり、クレジット価格が高騰して流通しなくなる。
グリーンウォッシュ(免罪符)化
開発企業が「金を払えば自然を壊してもいい」と解釈し、本来避けるべき環境破壊が正当化される(License to trash)リスクが懸念されています。 あくまで 「回避(Avoid)→ 低減(Reduce)→ 修復(Restore)」 を尽くした後の、最後の手段(Last Resort) としてクレジットが使われるべきという「ミティゲーション・ヒエラルキー」の原則が重要です。IKIMONによる貢献
IKIMONは、生物多様性クレジット市場における重要な課題である「データの信頼性確保」と「効率化」に貢献します。- ベースライン調査の支援:市民データを活用することで、「保全活動前にどのような生物がいたか」の推定を補完できます。
- 継続的なモニタリング:日々の投稿データが、継続的な保全活動の証拠(エビデンス)となります。
- ストーリーの可視化:数値データだけでなく、「このクレジットは、この希少な蝶を守る活動から生まれました」という具体的なストーリー(写真)を提供し、クレジットの質を伝わりやすくします。
参考文献
- UK Government. Biodiversity Net Gain.
- World Economic Forum (2022). Biodiversity Credits: Unlocking Financial Markets for Nature-Positive Outcomes.
- 環境省. 自然共生サイトに関する検討会資料.